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明治150年記念特別展 激動の幕末 長州藩主 毛利 敬親

7月13日(金)から8月26日(日)までの間、明治維新150年を記念して、

 

幕末の名君と讃えられた、長州藩藩主 毛利 敬親公(もうり たかちか)の特別展が開催されます。

内容については、時間があるときにでも改めてお伝えさせていただきたいと思います。

 

開催場所 山口県立美術館

http://takachika-yma.com/

 

山口県立美術館でのご見学のあと、近隣地域には、香山公園内(瑠璃光寺五重塔隣り)にある毛利敬親公や幕末期の毛利宗家の広大な敷地の墓所、亀山公園内(ザビエル記念聖堂隣り)にある銅像や、毛利敬親公が神祭として祀られる野田神社などもあるので、併せてご見学されることもおすすめです。

 

また、近い将来周辺でも様々なイベントも開催されるようです。

http://www.yma-web.jp/news/%E2%98%86ISHIN_A4.pdf

 

 

毛利敬親公や幕末の毛利宗家の墓所です。香山公園内

 

毛利敬親公の墓石には”大江朝臣 敬親”、ご婦人の都美姫の墓石には”大江朝臣”と刻まれており、今もなお山口(長州)の地の守護神として見守りくださっているのだと思います。

このように毛利家の墓石には”大江朝臣”や"大江"と刻まれていることがよくあります。同様に、長井家にも見受けられます。

 

”大江朝臣敬親” 墓石(毛利敬親公の墓石)

 

 

 

”大江朝臣敬親” 墓石(毛利敬親公の墓石)拡大

 

 

同敷地内に、毛利敬親公が明治維新の偉業をなしたことを永久に伝えるために、

明治天皇の命により建立された”勅撰銅碑”があります。

 

 

亀山公園内(ザビエル記念聖堂付近)

毛利 敬親公 銅像

 

下記の古地図は、毛利敬親公がお住まいになられる予定として建設された山口の御殿(野田御殿)です。

その野田御殿(山口市天花1丁目)には、明治天皇もご宿泊されておられます。

現在、その野田御殿は取り壊され、その場所には別の場所にあった旧料亭の菜香亭(山口市菜香亭)が移築されております。

 

野田御殿跡地 現:山口市菜香亭 

山口市天花1丁目2-7(野田神社隣り)

https://www.c-able.ne.jp/~saikou/

 

古地図 山口市歴史資料館所蔵 野田御殿

 

山口県立美術館

 

明治維新策源地山口市 公式動画

https://www.youtube.com/watch?v=VHtUP_lXeUY

 

山口県

https://meiji150.net/

 

山口市

http://www.city.yamaguchi.lg.jp/soshiki/14/38797.html

 

野田神社様

http://ishin150-yamaguchi.com/spot016/

 

ザ・パークタウン一の坂 13 パンフレット

 

積水ハウス様に、当分譲地のとても情緒あるパフレットを作成していただきました。

 

とても風情、趣きのあるパンフレットに仕上っております。

 

作成、有難うございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当分譲地のご購入をご検討の方につきましては、下記ページ記載の住宅メーカー様へ直接ご連絡をお願い申し上げます。

尚、建築条件のない号地につきましては既に完売しておりますのでご了承下さい。

↓ ↓ ↓

山口市上竪小路の分譲地:ザ・パークタウン一の坂

http://www.nagaifudousan.com/category/baibai/index.php?x-vew=1&bid[]=303

 

明治維新150周年 成し遂げた一つの理由

 

平成30年は、明治元年より150年となります。幕末期には多くの勤皇の志士達が活躍しました。

 

当時、徳川幕府は、全国の諸大名が朝廷と接触することを厳しく制限していましたが、毛利家だけは例外でした。

 

毛利家や長井家は、平城天皇や、その御子 阿保親王の子孫であり、

 

全国諸大名の中でも、屈指の”皇族系大名”であったためです。

 

 

毛利家は、勤皇であり朝廷へ献金し経済的援助を行っており、朝廷から厚い信頼があったそうです。

 

毛利家の家臣の方々も、その"皇族系大名の毛利家家臣"であることに”誇り”を持っていたと言われています。

 

遡れば、一つの日本の歴史史上最大の転換期である、天下分け目の戦い”関が原の戦い”で、西軍総大将であった毛利家が敗北してしまい、勝者の徳川幕府からの処分として、中国地方全域の領地から、2ヶ国(周防・長門)のみの領地、現山口県(長州藩)へと厳封されてしまいました。

 

同時に、敗北による領地2ヶ国への厳封の処分が下された毛利家は、それまでいた沢山の家臣を大リストラせざるを得ませんでした。毛利家としても家臣を雇えなくなり、沢山の方々が離れざるを得なかったと聞いております。その後も、徳川幕府から、いつ取り潰されてもおかしくないという立場の外様大名として監視され、幕府との間に緊張状態が続きました。

 

政治については、古来の奈良時代や平安時代等は、”天皇を中心とした政治”でしたが、鎌倉時代や江戸時代等は、”将軍家(武家)を中心とした政治”が執り行われていました。

 

 

このような歴史的背景などがあり、

 

”倒幕”

 

”王政復古”

 

そして、

 

私達は"皇族系大名の毛利家家臣"であるという、”誇り”が、

 

 

再び、”王政復古”及び”天皇を中心とした中央集権国家”へと導き、

 

”明治維新”という新たな日本の歴史史上最大の転換期を迎えました。

 

 

この”誇り”が、成し遂げた”一つの理由”と言われております。

 

 

下の画像は毛利家と同じくする、兄弟の長井家(当家)の家系図です。

 

平城天皇→阿保親王→大江広元公(公家)へとなり、大江流派が始まりました。

 

ここから毛利家や長井家(長井家も旧大名家です)の歴史が始まります。

 

これが”皇族系大名”と言われる由縁です。

 

万一、記載内容につきまして大げさな内容、誤りや勘違い等がありましたらご了承下さい。

 

 

 

 

 

※因みに直系ではありません(傍系です)。

牧のうどん

 

牧のうどんへ行ってきました。

 

https://www.makinoudon.jp/

 

太古の昔よりお世話になっています(笑)。

 

こちらのうどん、やわらかい麺で最高に美味しいんです。

 

”食べても食べても麺がなくならない魔法のうどん”で有名ですよね〜

 

 

 

 

 

 

こっ、

 

 

こっ、

 

 

こっ、

 

 

これは、

 

 

肉、ごぼう天、うどん、スープの、

 

 

”G4 サミット会議”やぁ〜〜〜〜っ(笑)!

 

 

 

 

 

Rie Latte

 

山口市駅通り沿いのビルの3階にある、Rie Latte リエラッテさんへ行ってきました〜。

 

週末に営業されるカフェですが、テレビ取材や雑誌掲載される人気店です。
 

詳しい場所は、山口市道門前二丁目4-18の、3階で営業されてます。2階は、アパレルショップのMARKさんです。

 

リエラッテ  営業日や時間は下記アドレスやFBにてチェッ〜ク!

http://ipovi.com/rie.latte.latte-5633113170

 

 

 

 

今回は、フルーツのワッフルのセットをいただきました〜。

 

 

 

こっ、

 

 

こっ、

 

 

こっ、

 

 

これは、

 

 

ワッフル、フルーツ、クリームとハチミツの、

 

 

”主要国 首脳会議”やぁ〜〜〜〜っ(笑)!